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福岡高等裁判所 昭和29年(ネ)227号 判決

控訴人 原告 石橋正敏 外二名

訴訟代理人 三橋毅一

被控訴人 被告 山崎憲明

訴訟代理人 牟田真

主文

原判決中控訴人らの請求を棄却した部分を左の通り変更する。

債権者被控訴人、債務者控訴人ら間の昭和二七年一〇月一日貸付元金五〇万円、弁済期同年一二月二〇日の債務の存在しないことを確認する。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その三を控訴人らの連帯負担とし、その二を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。債権者被控訴人、債務者控訴人ら間の昭和二七年一〇月一日貸付元金五〇万円、弁済期昭和二七年一二月二〇日の債務の存在しないことを確認する。被控訴人は控訴人らに対し、長崎地方法務局昭和二七年六月二四日受附第七、六一八号をもつて原判決末尾物件目録記載の不動産につき、右債権を担保するためになした抵当権設定登記の抹消登記手続を履行せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、控訴人らにおいて「本件の五〇万円は被控訴人が石橋晴義に対し同人の事業に対する出資金として、昭和二七年六月一七日及び同年一〇月一日並びにその中間に一回の前後三回に亘り交付したもので、右一〇月一日にこれを一口五〇万円の債務にまとめたものである。」と陳べ、甲第六号証から第一八号証までを提出し、当審証人山崎平一の証言、当審控訴人ら法定代理人石橋晴義の尋問の結果を援用し、被控訴人において、当審証人富山市三郎、山頭正利の各証言及び当審被控訴本人の尋問の結果を援用し、甲第七・一二・一四・一五号証はいずれも不知、その余の前記甲各号証は成立を認めると述べた以外は、原判決の事実欄に示す通りであるから引用する。(ただし、不動産競売手続開始決定の取消及び競売申立の却下を求める部分に関する当事者双方の主張を除く。)

理由

(一)  未成年者である控訴人らの親権者石橋晴義が、控訴人らの法定代理人として被控訴人から五〇万円の債務を負担したとしてこれを担保するため、昭和二七年六月二四日長崎地方法務局受付第七六一八号をもつて控訴人ら所有名義の原判決末尾添付物件目録記載の不動産につき抵当権者を被控訴人とする抵当権設定登記を終了したことは当事者間に争がない。ところで、民法第八二六条にいわゆる親権者とその親権に服する子との利益が相反する作為であるかどうかは、親権者と行為の相手方たる第三者間の行為自体を客観的に観察して判断すべきものであつてたとえ親権者が該行為によつて利得しようとする内部的動機ないし縁由から右の行為をなし、したがつてこの点から見れば該行為がまさしく親権者のために利益であり、未成年の子のために不利益である行為であつても、かかる行為は利益相反する行為とは解されないのであつて、これを反対に解せんか行為の相手方及びその他善意の第三者を保護することができないおそれがあるのである。したがつて右当事者に争のない事実からすれば、親権者たる石橋晴義が控訴人ら主張のように、かりに右五〇万円を自己の債務を弁済するため、あるいは自己のみの用途に使用する動機から前示行為をなしたとしても、これをもつて直ちに前記法条の利益相反する行為となし得ないことは、例えば同人が売買代金を全く自己の用途に費消する内部的動機から本件不動産を売却したとしても該売却行為が利益相反する行為と解せられないのと軌を一にする。しかるに控訴人らは右五〇万円は石橋晴義個人が被控訴人から負担した債務で、これを担保するために控訴人ら所有の本件土地になされた抵当権設定契約であるから無効であると主張する(前示事実摘示並びに原審昭和二八年五月一八日の口頭弁論において陳述の訴状二項参照)ので考えるに、成立に争のない乙第一号証の一・二、同甲第二号証ないし四号証、第六・一〇・一一号証、第一六号証ないし一八号証、原審及び当審における証人富山市三郎、山頭正利の各証言、同控訴人ら法定代理人石橋晴義本人、被控訴本人の各尋問の結果(ただし石橋晴義の分は後記措信しない点を除く)、右当審石橋晴義の尋問の結果によつて成立を認めうる甲第七号証、当審証人山崎平一の証言(後記措信しない点を除く)を合わせ考察すれば、前示五〇万円は石橋晴義自身が被控訴人から昭和二七年六月一七日に二〇万円、同年一〇月一日と右六月一七日から一〇月一日までの間に一回計前後三回にわたり(右日時三回にわたり現金の授受がなされたことは控訴人らの明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。)借用した石橋晴義自身の債務で右一〇月一日これを五〇万円の一口の債務に改めたものであつて、控訴人らの債務でないこと、係争宅地は登記簿上こそ控訴人らがその母の死亡による遺産相続の結果、これが共有権を取得したものとして登記されているけれども、実際は、これらの宅地は控訴人らの共有ではなく、石橋晴義が十数年前浜荘という屋号で旅館(後に料理店に変更)を経営するため自己の所持金を投じて買い受けた同人の所有地であり、種々の便宜からただ形式上名義だけをその妻たる控訴人らの母の名義にして所有権取得登記をしておいたにすぎないもので、昭和二七年六月二四日に右五〇万円(既に借用した前示二〇万円及び将来近く借り入れることになつていた三〇万円計五〇万円の弁済期同年一二月二〇日)の債務を担保するため、被控訴人との間に係争宅地に抵当権を設定したのであるが、あいにく該宅地が登記簿上控訴人らの共有名義になつているところから(実際は自己が債務者兼設定者であるが)とりあえず石橋晴義は控訴人らを代理して右債務を形式上控訴人らにおいて負担することにした上、これを担保するため、登記手続関係においては控訴人ら名義で本件抵当権設定登記手続をなしたことが認められる。以上の認定に牴触する当審証人山崎平一の証言、原審及び当審における前示石橋晴義の尋問の結果は、前記証拠と対照し採用し難く、成立に争のない甲第九号証は前認定の妨となるものではなく、その他に右認定を動かす確証はない。だとすれば、控訴人らが本件五〇万円の債務を負担しないことが明白であるのに、成立に争のない甲第一号証によれば、被控訴人は控訴人らに対し前記五〇万円の債権の満足を求めるため、競売を申し立てていることが明らかであるから、本訴請求中五〇万円の債務の不存在確認を求める部分は、正当として認容しなければならない。(なおこの点について後記参照)

(二)  しかしながら、係争宅地は形式上所有名義だけが控訴人らにあるだけで真の所有者は石橋晴義で、同人が被控訴人に対し負担する前示五〇万円の債務を担保するため、自己所有の係争宅地につき被控訴人との間に真実抵当権設定契約をなしたことは右に認定した通りであつて、かかる抵当権設定行為は、石橋晴義が控訴人らに対しあらかじめ登記名義の返還を求めたと否とにかかわらず民法第八二六条の利益相反する行為ではないのはもとより、元来第三者は右のような場合名義人の所有権を否認して、所有権取得の登記をしていない真実の所有者を進んで積極的に所有権者であると主張し、その所有権を承認しうるものであるから、本件宅地の真実の所有者たる石橋晴義が、宅地が同人の所有たることを主張承認する第三者たる被控訴人との間に、前示抵当権設定契約をなした以上、格別の事情のないかぎり該物権契約は単なる所有名義人に過ぎない控訴人らにその効力を及ぼし、控訴人らは、右物権契約の無効を主張し得ないものと解するを相当とする。しかして、右抵当権設定契約に基く抵当権を登記するにあたり、宅地所有名義人たる控訴人らの名義を用いて同人らを債務者とする登記をなした登記手続上の瑕疵が存しても、これを全体から観察すれば、右登記は抵当権設定者と抵当権者との意思に基くもので、かつ、真実の抵当権利関係に符合しないものとは称し難い(この点後記参照)ので、結局無効な登記とは解し得ないのである。その理は例えば、

かりに石橋晴義が係争宅地を被控訴人に売り渡し、登記の関係においては控訴人らの名義を用い、同人らから直接被控訴人に所有権移転登記をなした場合を考えると自から理解されるところで、控訴人らが右所有権移転の効果を否定して、所有権移転登記の抹消を請求し得ないことの自明なるにおいて、所有権の処分行為であつて、所有権に定礎する制限物権に外ならない抵当権を設定する行為を、所有権自体の終局的処分行為と別異に解して、第三者(被控訴人)に不利益に論結すべき理由は存しない。しかも、単なる所有名義人に過ぎない控訴人らは、石橋晴義の請求により、したがつてまた同人の債権者である被控訴人が債権者代位権を行使することによつて何時でも所有名義を石橋晴義に返還すべき義務を負うものであるから、この点からするも、本件抵当権設定登記の抹消登記を求める控訴人らの請求は不当との感を抱かしめるものがある。しかし、右説示の理由から、控訴人らが直ちに本件五〇万円の債務を負担する道理はないし、被控訴人主張のようにたとえ、石橋晴義が前記浜荘で料理店を経営し、控訴人らの養育費は挙げて、その営業上の収益からまかなわれており、前示五〇万円の債務負担行為が、料理店経営の資金をうるためにしたものであるが故に、控訴人らの利益となるものであるとしたところで、右債務負担行為によつて控訴人らがその債務者となる筋合ではないのに、登記の上では控訴人らを債務者とする事実錯誤の登記がなされていることは、前に認定したところから明認される以上、控訴人らは前認定のように、石橋晴義と被控訴人との間に締結された抵当権設定における登記上の設定名義者たることに基いて、右の錯誤を理由として、本件抵当権設定登記の債務者を石橋晴義に更正する権利更正の登記を請求しうることは肯定されねばならない。(もつとも不動産登記法第二六条による更正登記を申請する場合は、特別代理人によつて申請する形式をとるの外はないが、こは、登記の申請が登記官吏の申請書類による形式的審査に服する制度の上からやむを得ないところであつて、このことは、前説示の本件抵当権設定行為が、民法第八二六条の利益相反する行為ではないという前段判示となにら矛盾するものではない。)しかし控訴人らは本件抵当権設定を無効として該設定登記の抹消を求めてはいても、右のような更正登記を求めているとは解されないので、裁判所は被控訴人に対し更正登記を命ずるわけにはいかない。

要するに、係争宅地が控訴人らの共有に属し、本件抵当権設定行為は民法第八二六条の規定に違反するから無効であると前提して、被控訴人に対し抵当権設定登記の抹消登記を請求する控訴人らの本訴は、その前提を欠くので棄却するの外はない。

(三)  されば以上と一部異趣旨の原判決は変更を免れず、控訴は理由があるので、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条、第九三条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長判事 桑原国朝 判事 二階信一 判事 秦亘)

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